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宮沢賢治の『注文の多い料理店』の序に、こんな言葉があります。

なんのことだか、わけのわからないところもあるでしょうが、そんなところは、わたくしにもまた、わけがわからないのです。けれども、わたくしは、これらのちいさなものがたりの幾きれかが、おしまい、あなたのすきとおったほんとうのたべものになることを、どんなにねがうかわかりません。


スピリチュアルなイベントに参加して、それぞれで成功と失敗があり、その都度に自分をいかにクリアーに、透明にするのが大事かを思い知っています。

私には人の守護霊を見たり、守護天使を見たり、未来や前世を見たりチャネリングする能力はない(開花してない?)けれど、本当は無意識の中で本人がわかっていること、感じていることを意識に引っ張り出すお手伝いはできる時が、やっぱりあるかもと思うのです。

お金を掛けてスピリチュアル系の勉強をして、いろいろなものが見えたりわかったりして(つもりになって)、悩んだり迷ったりしている人の援助にはなるかもしれないけれど、一番の援助になるのは、やっぱりその本人かも・・・と思うのです。
誰かを援助したという、その満足感が自分を癒すのだろうと思うから・・・
必要とされる充足感は至福の感覚をも生むだろうから・・・
だから、見てあげた人よりも自分の幸せのほうが加速していくのだろうと思うのです。

そして、見てあげた人も幸せのサイクルに乗れていればいいのだけれど・・・
転機になって上手く乗れた人も勿論あるだろうけど、そうならずにスピリチュアルジプシーになってる人も多そうに思うのです。

私は、きれいな花をぽんと渡すのではなく、種を見つけてあげる人で、渡せる人でありたいと思うのです。
たくさんの情報やしがらみ、思い込みや常識の中で埋もれているかもしれない種を、一緒に見つけていきたいかも・・・なのです。
何故なら、その人が種を見つけて、その事柄の意味に気づいた時に初めて、本当の意味での内なる力が呼び起こってくるものだと思うから。
そして、その力の光は消えたように見えても、消えることのないものだから。

その種は、手放しで喜べるようなものばかりとは限らないけれど・・・
そしてその種は、当然、自分自身でしか咲かせることができず、どんな花が咲くかどうかもわからずお世話をしていかないとならないのです。
見えないものほど不安になるものはありません。
だけど、自分の中にあった種が、変な風に育つわけはないのです。
もし変な風に育ってしまったら、それは純粋な自分が育てたのではなく、雑念に感化された自分が育ててしまったのです。
私は、雑念をひとつでも取り外してあげれるように、私から発するものが雑念にならないように、かつ私自身が雑念に包まれないように、そういう人になっていきたいと思っています。

この世に生れ落ちた誰しもが、純粋で豊かで、強くてあたたかく透き通ったこころと直感を持って生まれてきたのですから。。。

と・・・勝手なことをほざいてしまいました(シ_ _)シ 

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