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まだ、東京では雪は降っていないけど、富士山はすっぽりと綿帽子を被り・・・
富士山が初観雪したらUPしようと思っていたものがあったのに、すっかり遅くなっちまいましたん。

私が子どもの頃は、雪だるまがちゃんと作れるくらい雪が降って、大きなおうちや商店街では、体背丈1メートルくらいの雪ダルマが作られ、マンションの敷地にも団地の敷地にも、アパートの敷地にも大きさこそ違えど雪ダルマあり、中には大中小と並んでいるものもありました。
けれど、それに比べると最近は少なくなったと思います・・・雪も雪だるまも・・・
だけど、そのわりに雪の事故はだんだん多くなってきて・・・

毎年、毎年・・・別にクリスチャンではないけれど、クリスマスに雪が降るといいな~と思ったりします。
賑やかな町が、その雪の音で満たされて、マイクやスピーカーから流れてくる作られた音ではない音が、どこぞから聴こえてくるように思うから。


ちょっと長いので、時間があるときにみてくださいな。
WEB絵本「ぶきようだけど・・・」柳澤 誠作
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2006.04.21 温められた桜
63年ぶりに元日本兵上野(うわの)さんが、ウクライナから帰ってきました。
20歳の時、サハリンで終戦を迎え、その後13年ほど連絡があったものの、行方知れずとなり、2000年に戦後死亡通知を遺族は受け取り、お墓まで建ててあったのでした。

63年…話せる日本語は、妹の名前と会話の途中に出てきた野球という言葉の2つだけ。
徴兵される17歳まで日本で生活をしていた人が、ここまで日本語を話せなくなっているというのは、とても特異なケースだそうです。
日本語を話せなくなるなんらかの精神的作用があったのではないかと、専門家は推測していました。
「何故今まで帰ってこなかったんですか?」という記者の思慮浅い質問に、「答えたくない。ただ、運命だった。」と応えていました。

そんな上野さんと兄弟たちは涙ながらに抱き合い、感慨ひとしおでした。
勇ましくい少しふっくらとした片えくぼのある青年兵は、小枝のように痩せた83歳になりました。
弟とは一回りも二回りも小さなその身体・・・
よく生きていてくれました。よく帰ってきてくださいました。と、何故だか手を合わせたくなります。

今回の帰国は息子さんも一緒。
お母さんはロシアの人なので、日本とロシア、その両方の遺伝子を持つ「ダブル」です(昔はハーフとも言ってたけど)。
今回、父親の故郷に同行したことによって、自分のルーツの片側が繋がったのではないかと(切れてるわけではないけれど)、なんか、よかったな~とほっとします。
ご両親のお墓参りをして、来週には帰られるそうです。
日本語の練習をしようと、本も買われたそうです。
日本語を話しても… 日本人であっても… もう大丈夫な時代です。

そして、岩手の地元の人たちは桜の花で上野さんを迎えました。
岩手の桜はまだ蕾。これから開花期を迎えます。
上野さんの帰国にあわせて、桜を温め開花させたそうです。
両手に抱えられるくらいの大きさの桜の木は、可愛らしい、少しピンクがかった八重の花びらをたくさんつけていました。
とっても、あたたかな桜です。
少し前になるけれど、素敵な話を目にしたのでご紹介です。
私は無神論者ですが…こういう話を大事にしたいと思うのは、
歳を積み重ねたからかもしれません(^^ゞ


-*-*-*-*-以下引用-*-*-*-*-

仏典の中の言葉で『無上意』と言う言葉があります。
これは、人様に対して敬愛の心でもって、
自分自身がこれ以上出来得ないという心配りの行為をいいます。

例えば、誰に対しても、
優しく、いい言葉、いい声で応対をする心を持ち、
接見しても、最高の笑顔と挨拶でお迎えし、
相手方に対して不愉快な思いを抱かせないということを、
自然に身についているようにならなければなりません。

『無上意の振る舞い』とは本当に相手の気持ちを
思いやることのできる人の行為、心の豊かさです。


苦楽を共にしてきた奥様を、退職前に病気で亡くされ、
心の整理と冥福を祈る為、四国八十八箇所の巡礼をしている人がいました。

帰路に立ち寄られた高知空港内のお店「司」で、
若いウエートレスにビ―ル一本と、
土佐名物カマスの姿寿司を一人前注文されました。

そうして「グラスは二つ頂けますか!」と付け加えました。
注文を受けたウエ―トレスは、不思議に思いながらも
「承知いたしました!」とお客様のご注文に、
先ずビ―ルとグラス二つをテーブルに置きました。

すると客は、小さな額縁に入れた女性の写真をテ―ブルの中央に
その前にグラスを置き、ビ―ルを注ぎました。
自分のグラスにもビ―ルを注ぎ、
優しい眼差しで写真に向かって微笑を浮かべ、乾杯いたしました。

ウエ―トレスは、亡くなった奥様の写真を持って
巡礼をされてこられたことを直ぐに理解を致しました。

カマスの寿司ができあがって持ち運ぶ時、
さりげなく『お箸と箸置きを二組、小皿を二枚』を持参し、
奥様の写真の前に1組、旦那様の前に1組をセットいたしました。

数日後、お客様からお店に手紙が届きました。
手紙の内容は次のように綴られておりました。

「四国への旅には、家内(写真)と一緒に出かけ、
食事の時には何時も一緒にビ―ルを飲みました。

しかしお箸と小皿を二人分出していただいたのは、
貴店のお若いウェ―トレスさんだけでした。
笑顔と心の通った対応に驚き、感動で体が震えました。

小生長い人生を送って参りましたが、このような経験は初めてでした。
帰路飛行機の中では、このことが走馬灯のように思い出され、
涙が溢れ止まりませんでした。本当に有難うございました。
どうぞ、あの若いウエ―トレスさんによろしくお伝え下さいませ」

これこそ、「無上意」の極意だと思います。
常に「無上意」という言葉を思い出し、
周りの誰に対しても心の笑顔と心のこもったもてなしができる、
そんな生き方をしたいですね。

-*-*-*-*-引用終り-*-*-*-*-


夜の女王と言われる、二条夜子。
彼女が「コパカバーナ」でトップになるきっかけは、
たまたまご褒美として連れてきてもらえたお抱え運転手でした。
お抱え運転手にも、大企業の社長にも分け隔てなく接したことが、
トップへのレールを引いたのでした。
もちろん、絶え間ない努力と信念もあわせて・・・


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